奇妙なことに、死者は口に笹の葉を咥えていた。
点々と続く死体のどれもがそうだった。腹を貫かれた者、頸に槍を受けた者、死に方は様々だが、そのどれもが口の端から緑の葉を覗かせている。しかも、どう見ても自ら口に含んだのではなく、乱暴に、しかもおそらく槍で突き殺された後に笹の葉を口に突っ込まれている。
「こりゃあ」
又次郎が脚を止めた。
確かに薄気味悪い景色かもしれない。だが、立ち止まっている場合ではない。逃げなければ。
「なにをしとるか。先を急ぐぞ」
伊蔵は焦っていた。あれほど濃く戦場を覆っていた霧が、徐々に晴れてきている。今のうちに少しでも距離を稼がなくては間違いなく追撃を受ける。
「無理だ」
「どうした。血迷ったか」
伊蔵は腹が立ってきた。あれほど早く合戦に見切りをつけたのは又次郎ではないか。あそこで粘れば、首級のひとつやふたつ、手に入ったかも知れん。そうすれば。
「それとも、ここまで来て臆したか」
怒気をはらんで口調が激しくなった。又次郎は、しぃっ、と伊蔵を黙らせて小さく頷いた。
「ああ。臆した。」
「なにを言っとる」
確かに見つかっては不味い。伊蔵は声を低めた。が、怒りは鎮まらない。
「なにが怖いんじゃ、又次郎」
又次郎は無言で辺りを見回している。
「どうするんじゃ」
又次郎がようやく呟く。
「笹の才蔵」
一瞬、又次郎がなにを言っているのかわからなかった。しかし周りにある、数人の笹の葉を咥えた死体が伊蔵にその名を思い出させた。
可児才蔵。宝蔵院流槍術の達人。甲州征伐で十数余の首級を挙げた当代随一の猛将。獲った首が余りに多かったため、死体の口に笹を含ませ、自らが討った証としたと聞く。さまざまな大名家を転々とし、今は福島正則に仕えていたはず。
そしてその男は、今この関ヶ原に、そしておそらく二人の行く先に、いる。
「どうするんじゃ」
伊蔵は蚊の鳴くような声でそう言ったあと、ついさっきまったく同じ言葉を又次郎に叩きつけたことに気づいた。
ああ、わしはわしのこういうところが嫌なんじゃ。
又次郎はそんな伊蔵の自省を知ってか知らずか、伊蔵の眼を見て言った。
「どうする?」
前門の可児才蔵。後門には西軍の軍監。
伊蔵はニヤッと笑いながらもう一度言う。
「どうする、伊蔵。」